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貴族の世界

平安貴族の藤原氏一門は9世紀から政略結婚により、しだいに政治的権力を獲得していきました。天皇の外戚が摂政や関白という地位につき、天皇の施政を補佐したり、代理を務めたりして実権を掌握する「摂関政治」が行われるようになりました。そして、9世紀中頃に勃発した「応天門の変」(866)により、藤原氏の摂関政治は更に強固なものとなったのです。藤原一族の権力は藤原道長(966~1027)の時代に絶頂期を迎え、栄耀栄華を極めました。

唐は安史の乱(755~763)の発生以降、日増しに国力が衰え、かつてのような国際的地位も失われてしまい、日本も遣唐使などの外交活動を停止しました。中国の影響力がしだいに弱まるにつれ、日本の人々はかつて大陸文明から学んだことを日本の社会環境や風土に適した形に改良するようになりました。これを「国風文化」と言います。仮名文字や大和絵などの美術に見られる日本独特の感性や美意識が後世に大きな影響を与えました。

造形芸術の面でも中国美術の模倣から脱却し、日本ならではの繊細かつ叙情的な表現が見られるようになり、主題や風格も日本化の傾向が顕著になりました。

貴族の文化と芸術

平安貴族の繊細優美な美的感覚は当時の文学作品はもちろんのこと、現存する書跡や絵画、工芸品などにも反映され、格調高く洗練された美が見られます。平安時代は仮名文字の全盛期にもあたります。仮名は漢字の一部または草書体をもとに作られた文字です。仮名文字を使うことで、以前より自由に日本人の情感が表現できるようになりました。初の勅撰和歌集である『古今和歌集』が編纂されると、和歌の歌謡と書写が盛んになりました。特に女流作家が華麗な宮廷文化を仮名文字で描写した文学から、多数の名作が誕生しました。

古典文化の再現

日本の古典文化は400年もの長きに渡る平安時代に形作られ、日本独特の美的基準や抒情を表す視覚的イメージはこの時代に生まれました。平安時代の王朝文化は、貴族の優雅な暮らしぶりを背景に、後の時代でもロマンの象徴とされ、芸術表現においても憧れの対象であり続けています。平安時代は遥かに遠い昔となりましたが、平安貴族の暮らしを描いた文学作品は時代を超えて読み継がれています。画家にとっても大切なテーマの一つであり、古代のロマンへと私たちを誘います。

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