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武家の文化

9世紀末頃から裕福な一族は自分たちの土地や財産を守るため、武装集団を組織するようになりました。10世紀前半になると、朝廷と貴族たちは強大な勢力を持つ地方の武士団を従えるようになりました。その内の二大集団が源氏と平氏で、それぞれ東国と西国が発祥の地とされています。もともと平氏一族は法皇院政下で軍事を担った集団でしたが、保元の乱(1156)と平治の乱(1159)の発生後に絶大な権力を持つようになり、朝政の実権を独占しました。しかし、平氏の独断専行は全国各地で内乱を引き起こすこととなり、後に源頼朝(1147~1199)に率いられた源氏一門に破れ、12世紀末に鎌倉幕府が成立しました。鎌倉幕府は日本史上初めて東国に誕生した政権で、文化の発展を促す力も貴族階級から武士階級へと移行したのです。

4世紀に室町幕府が成立すると政治の中心はまた京都へ戻りました。新興の武家文化と京都の伝統的な貴族文化が融合し、そこに中国大陸から伝来した禅宗文化も加わって、水墨画や茶道、花道、能など、新しい芸術が誕生しました。しかし、15世紀末から日本では100年にも及ぶ戦乱の時代が始まります。戦乱の中、豊臣秀吉(1537~1598)が現れて16世紀末に天下統一を果たし、日本の近世社会の基礎が築かれました。豊臣秀吉の死後は徳川家康(1543~1616)が江戸に幕府を開き、それまでの武断政治から文治政治への転換が図られ、武士の役割もまた軍事から行政を担う官僚へと変化したのです。

戦(いくさ)の美学

戦場で用いられた刀剣や鎧兜、馬具などの武器や装備は、武士階級の勢力拡大に合わせて、または個人の経済力や趣味嗜好によって贅を尽くした工芸美の極みとも言える装飾が施されました。全体の造形や細部の装飾に武人特有の美感が反映されています。幾度かの政権交代を経て現代まで伝えられている武器や装備は、一種の美術工芸品として歴代収蔵家の鑑賞対象となり、その造形や鍛造、金工、漆芸など、日本独特の美術品鑑賞文化や評価の観点が形成されました。

静閑たる美と芸術

武家政権は何度か交代しましたが、およそ700年にも及んだ統治期間に芸術文化が豊かに花開きました。室町幕府八代将軍足利義政(1436~1490)は豪奢かつ精緻な中国の工芸品を大量に収集して山荘に陳列するなど、芸術文化においては確固たる地位を築きました。水墨画は13世紀前半に禅宗の教えとともに日本へもたらされ、室町時代の禅宗寺院で愛好されました。千利休(1522~1591)により創始された茶道は幽寂とした枯淡の境地を極限まで高めました。安土桃山時代(1573~1603)の豪華絢爛な障壁画には武将の趣味嗜好や時代の風潮が反映されています。武家で使われた日用品にも複雑華麗な装飾が施され、そうした道具類で身分の高さを表しました。

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